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しばらくブログはお休み(2017年冬再開予定)

こんばんは。

 

歳末の候、いかがお過ごしですか?

 

お休みをゆったり過ごされている方もいらっしゃれば、まだまだお仕事という方もいらっしゃると思います。

 

そういえば、知り合いのカフェの店長さんが「31日の20時までお店が営業で、その後に掃除で...」と辛そうに言っていました。もう既に疲れた顔をしていて本当に大変そうで、言葉だけでも労ってあげなければ...と、そんなことを思いました。

 

普段は忘れがちになってしまいますが、大多数の人が安心してゆっくり休める日があるというのは、その裏でお仕事をされている方がいるからですよね。例えを挙げたらきりがありませんが、自然を相手にお仕事をされている方、病棟に勤務されている方、社会インフラにまつわるお仕事をされている方などなど。本当にお疲れさまです。

 

 

 

ぼくはというと、年内最後の撮影は昨日29日に終えました。

 

でも、パソコンの前での作業が色々と残っていて、それらを新年に持ち越したくないので、ひたすらカタカタカタカタ作業作業の年の瀬です。

 

新年に持ち越しても大丈夫なものもあるのですが、やはりできるだけすっきりした気持ちで新しい年を迎えたいので...「これとこれとこれは大晦日の夜までに終わらせる!」と決めて、画面に向かっています。

 

明日の大晦日の夜は、街を撮りに出かけたいので、それまでには絶対に終わらせようとここ数日頑張っていたのですが、何とか目処がたったので、今こうして息抜きがてらこのエントリーを書いています。

 

 

 

 

 

さて、今年の夏に始めたこのブログですが、しばらくお休みしようと思います。

 

いくつかの思いがあって書き始めたこのブログ。

 

現状はとりとめもない内容のエントリーばかりになってしまっていますが、にもかかわらず前回のエントリーを読んでくださった方から応援のメッセージをいただいたり、絵画について触れたエントリーを読んでくださった方から「お部屋のほかの絵も見てみたい!」とのお声をいただいたりしました。

 

読んで下さるだけでも十分ありがたいのに、反応までいただけるというのは、本当にうれしいことですし、とても励みになります。ありがとうございます。

 

始めたばかりのブログなのでわざわざ大げさにお休みすることをお知らせする必要もないと思っていたのですが、こうして毎回欠かさずに読んでくださっている方がいると最近になって知り、筆をとった次第です。

 

 

 

お休みの理由をちょこっとだけ。

 

ぼくはフォトグラファーではありますが、2017年は写真以外にもいくつかのことに挑戦しようと考えています。もちろん、それらは写真と親和性があるもので、写真の活動の幅をもっと広げるための取り組みです。

 

ご依頼をくださる方に、そして写真を見てくださっている方にもっともっと楽しんでもらえるように、自分ができることをもっともっと増やさなければ...と、この1年は自分の手持ちの武器の少なさを痛感させられた一年でした。

 

何か新しい物事に挑戦するときは、それなりの時間と労力と、そして忍耐が必要ですよね。どれだけ情熱を燃やしても、体は一つしかない。なので、今現在取り組んでいることの中から一旦お休みするものをここ数日の間で選んでいました。その中の一つがこのブログというわけです。

 

新しい挑戦にリソースをドドッとつぎ込んで、慣性の法則が効いてきたころには、また更新を再開したいと思います(来年の今ごろを目標にしています)。その際は、またふと思い出したときにでも立ち寄っていただけたら、とても嬉しいです。

 

 

 

 

明日は大晦日。

 

クリスマスから続くお祝いムードに街はずっと包まれていますね。

 

でも、ニュースに耳を傾けたり、あるいはちょっとでも想像力を働かせれば、不本意な状況で年を越さざるをえない方も沢山いるということに気付かされます。

 

そんな方たちにも、ささやかな元気をお渡しできるような、そんな作品をこれからもお届けできたらと思います。

 

理想を実現するのはとても難しいですが、それがぼくが写真を撮る大きな理由の一つです。芸術の役割はそこにこそあると、ぼくは固く信じています。

 

(あ、お祝いムードを自粛しようとか全然そんなのじゃ決してありません!お休みを満喫できる方はしっかり楽しみましょう笑。ぼくも明日からしっかり休んで楽しみます!)

 

それでは、みなさまどうぞ良いお年をお迎えください。またお目にかかれたらと思います。

 

広瀬

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湧き水のように

こんばんは。

 

今年もあと10日間ほどですね。

 

12月から1月にかけて、ほとんどの企業や事業体で一年のレビューが行われると思います。きっとみなさんもそんな時期ではないでしょうか。

 

ぼくもこの時期に1年の総括をするようにしています。

 

定量的にはどうだったのか。定性的にはどうだったのか。

 

とても悔しいですが、春先の怪我の影響もあり、定量的には厳しい結果に終わってしまいそうです。苦しいですが...しっかりと結果を正面から受け止めなければいけません。

 

しかし定性的には、確かな成長を遂げることができたと感じています。撮影の技術、フォトグラファーとしてのメンタリティー、そうしたものを1年前の自分と比べてみると、「これができるようになった!」「こうした考え方ができるようになった!」と胸を張れることがいくつもあり、まずまずの手応えを感じています。

 

一方で、自分に不足している技術や、自分の意識が弱かった部分を痛感させられたところも山ほどありました。それらは今後の新しい課題として、また一つ一つ磨いていきたいと思います。

 

 

そして...

 

もっとも大切なこと。

 

自分の軸であり核となる部分。

 

フォトグラファーとして自分が進んで行きたい方向に、自分はしっかりと向かえているのか。自分の写真を追求できているのか。現在地はどこなのか。

 

 

こうしたことを冷静に見つめてみると、焦りを覚えざるを得ません。

 

目先の数字や技術ではなく、もっと大きな視点で、長い長い年月をかけて進んでいくような、そうした航海の地図のようなもの。

 

その目的地と自分の現在地との距離を測ってみると...ほとんど縮まっていないような気がしてなりません。

 

本当にやりたいこと。本当にやらなければいけないこと。

 

沢山あるのに、実現できているのはほんの僅か...。

 

「早くしないといけない...時間はどんどん流れているのだから...」と焦る気持ちでいっぱいになります。

 

 

ただ、そうした焦る気持ちに囚われながらも、一つだけ、自分はとても幸せなんだと気付かされることがあります。

 

それは、向かいたい方向が、目的地が、遙か遠くではあるけれど、見定めることができているということ。航海図と羅針盤は手元にあるということ。

 

もちろんそれはゴールではありません。そもそも物事の追求にゴールはないので、ぼくの中にもゴールという考え方はありません。カメラを携えている限りはずっとずっと続いていく道のりの、でもまずは辿り着かなければいけない一旦の目的地。そんな感じです。

 

カメラを始めたばかりのころの自分は、五里霧中でした。どっちに進んでいいのかわからず、でもとにかくまずは技術を身に着けないといけないという思いで毎日シャッターを切っていました。「このまま続けていて本当にうまくなるのだろうか...もしうまくなれたとしても、それは果たしていつのことなんだろう...」。撮った写真をパソコンに取り込んで、大きな画面で出来をチェックしては、そのヒドい出来に落ち込む毎日でした。

 

でも今は、数え切れないほどの多くの方の胸をお借りしながら、なんとか霧の中は抜け出せたような気がしています。まだまだかけ出しの自分のカメラに笑顔を向けてくださった方には、ただただ感謝の気持ちしかありません。そうした多くの方の優しさに支えられ、辞めようかと迷ったことは一度もありませんでした。(諦めようかと迷うほどに大きな何かに挑戦したというわけでもないのですが汗)

 

進む速さをなかなか上げることができずに焦る気持ちはあります。

 

でも、

 

少しずつだけど確かに向かっている。いつかは必ず辿り着く。

 

そうした実感が、湧き水のように静かな、でも確かな自信と勇気のようなものを自分に与えてくれている。そんな気がしています。

 

 

 

そしてそして....

 

こうして振り返る出来事がある、自分を見つめ直すことができるというのも、ご依頼をくださった方、撮らせてくださった方、作品を見てくださった方がいてはじめてできることです。ぼくの写真は、こうした方々無しにはそもそも成り立ちません。ぼくの中では、出会った全ての方それぞれに思い入れがあります。またどこかでお会いできたらとても嬉しいです。

 

月並みな言葉でしか感謝の気持ちを伝えられないのがとてももどかしいのですが....本当にありがとうございました。

 

 

 

 

みなさんはどんな一年でしたか?

 

うまくいったことも、うまくいかなかったことも、その全てを糧にまたこれから進んでいけたらいいですね。

 

 

そして今週末はクリスマスですね。

 

華やかな街の雰囲気とは裏腹に、クリスマスもお仕事という方もいらっしゃると思います。

 

ぼくも今週末は終日、パソコンの前での作業が確定してしまっています(笑)しかも終わらなさそうでヤバい...(汗)

 

お互いがんばりましょう。

 

それでは、風邪にはくれぐれもお気をつけて。

 

 

連作に掛ける想い

こんばんは。

 

今夜はふと思い立って...たまには写真にかける自分の思いを少し言葉にしてみようかなと思います。もしよかったらお付き合いください。

 

さて、みなさんは連作という言葉を聞いたことはありますでしょうか。これは創作の世界において、複数の作品をまとめて1セットの作品として制作されたもののことを言います。

 

例えば有名どころで言うと、クロード・モネの作品を観たことがあるという方はとても多いかと思います。モネの場合は、同じ対象物を、時間帯を変えて描いたり、あるいは季節を変えて描くことで連作を手がけました。水面に浮かぶ蓮の絵のどれかは、誰もが一度はどこかで目にしたことがあるのではないでしょうか。

 

ぼくが好きな連作はというと、部屋の飾りとともにちょっとだけご紹介↓(ぼくは絵画展を観に行くのが好きで、お気に入りの絵のポストカードをお土産コーナーで買って部屋に飾るのがちょっとした趣味となっています。クリアフレームは無印で購入(笑))

 

伊藤若冲『玄圃瑤華』を久谷政樹さんというデザイナーさんがアレンジしたもの(若冲による作品は元は48点存在)。さまざまな虫や植物の版画作品。

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伊藤若冲動植綵絵』(実際は30枚の作品)。生き物や植物を豪華絢爛に描いた連作。

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アルフォンス・ミュシャ『月と星(の下絵)』。4つの星をそれぞれ女性に見立てて描いた作品の下絵。左から月、暁の明星、宵の明星、北極星。

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アルフォンス・ミュシャ『四芸術』。4つの芸術を女性と花に見立てて描いた作品。左上:ダンス、左下:詩、右上:絵画、右下:音楽。

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葛飾北斎『諸国瀧廻り』。北斎が様々な土地をめぐり歩くなかで、彼の目に留まった瀧を描いた作品。

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ミュシャ、若冲、北斎。この3人はぼくが写真の作品制作において大きく影響を受けている画家達です。その作風だけでなく、芸術に対する考え方やその生き方についても、とても大きな影響を受けました。(このあたりの話は、またいつか別の機会にできたらと思います。)

 

 

 

 

さて、実はぼく自身も、写真家として作品を制作する際は、連作(あるいはシリーズ)として制作することに強い想い入れがあります。 たった一枚の奇跡的な写真を作品として手がけるよりも、例えばですが、5人の方をそれぞれ被写体とした5枚の写真を1セットの作品として手がけることにこだわりがあります。(もちろん、単品の作品を否定するものでは決してありません。ぼく自身も単品を目的とした撮影も沢山行います。)

 

ちなみにHPに写真作品をアップする際も、意図としては連作として掲載しているつもり(もちろん単品も沢山あります)なのですが、HPの画面の作りからして、写真を観てくださる方にはそれが十分に伝わっていないかもしれませんね...これは一つの大きな課題です(汗)

 

そしてそして...

 

ぼくがなぜ連作に強い想い入れがあるのかと言うと...

 

.........。

 

ここまで書いておいて何ですが、やはり写真家としては写真で表現してなんぼ...。作品を観てくださる方が、そこから自然と何かを感じていただけたら、作家としてとても嬉しいです。もし観てくださる方にとって何も感じるものが無かったとしたら、それはぼくの実力不足ということ。写真にかける想いの強さがまだまだ弱いのかもしれませんし、あるいは、想いを表現するだけの技術が足りていないということなのだと思います。

 

なんだかオチのない文章になってしまいました。。でも、今後掲載を予定している作品の中には、連作も沢山控えています。ふとしたときにでも覗いていただけたらとても嬉しいです。

 

 

最近、朝晩は特に冷え込むようになってきましたね。

風邪にはくれぐれもお気をつけて。

 

それではまた!

 

あるダンサーさんとの撮影(後編)

こんばんは。

 

前回の続きです。

 

▼前回のエントリー

あるダンサーさんとの撮影(前編) - 今夜はカメラをしまって

 

 

素敵な踊りと多彩な表情で、見る人を魅了するダンスアーティストMさん。そんなMさんから、光栄にもプロフィール写真のお話をいただきました。写真はあるダンスコンペに提出するためのものとのこと。

 

そんな中で一つ課題が...

ダンサーさんのプロフィール写真って、どういうものがいいんだろうか… 

 

もちろん、ネットで検索すれば星の数ほどの写真を見ることができます。しかし、検索して見ることのできる写真というのは、裏を返せば、画一的でありきたりなものとも言える。(表示される写真が良くないというわけでは決して無く、検索エンジンがマジョリティを抽出する仕組みだという意味で)

 

そこでぼくはMさんが出演された公演のDVD(以前いただいていた)を改めて見返してみることに。ダンサーさんならではの身体の魅せ方や、ダンサーさんらしさが良く現れている身体の部位を自分なりの視点で見つけることができれば、それを撮影に活かせるのではないか。そう考えたためです。

 

再生、一時停止、戻し。再生、一時停止、戻し。

 

様々な演目の、様々なシーンをチェックしていくうちに、だんだんと自分なりの仮説ができてきました。「きっと、これとこれ、こことここ...かな?」と(具体的なことは企業秘密です笑)。

 

もちろん、ぼくはダンスのことは分からないので、当たりをつけたポイントが間違っている可能性も低くはなかったと思います。ダンサーさんに直接聞いてみることもできました。

 

しかし、最終的には写真という形に収めることが目的である以上、ここはカメラマンとしての自分の視点を信じたほうがよいのでは?と思い、自分なりのいくつかの答えをもってして撮影に臨むことにしました。

 

 

そして迎えた撮影。

 

流石はMさん。

 

どんな姿勢も、どんなポーズも、どんな表情も、とても素敵にそして繊細に表現されていました。

 

ダンスアートという道を日々追求しているMさん。そんなMさんが身にまとうアーティストとしての凛とした雰囲気が、1枚1枚の写真に吹き込まれていくようでした。

 

 

* 

 

 

後日、無事に写真のお渡しも終え、ひとりモニターで1枚1枚の写真を見返しながら今回の撮影を振り返っていました。

 

素敵に写っているMさんの肖像。

 

しかしどんな内容の撮影であっても、写真をお渡し終えた後のぼくはいつも、緊張と不安と祈るような思いが混ざった気持ちになります。それはなぜなら...たとえどれだけ撮り手である自分が素敵だと感じる写真であったとしても、お渡しし終えてしまえば自分にできることはもう何もなく、お客さまからの、そして写真を見てくださる方からの評価が全てになるからです。

 

何か手を打てることがあれば、こうした不安をきっと和らげることができるでしょう。何も手を打てないというのは、自信の有無とは関係なく、とてももどかしいものですよね。だからこそ、もしまたいつかお話しをいただけたときには、もっともっと良い写真をお撮りできるように、また一つ一つの技を磨いていこう。できることをもっと増やしていこう。強くそう思いました。

 

そしてプロフィール写真の撮影というのは、イベント事の撮影とは少し異なり、撮り手と被写体で一緒に作品作りをするという側面があります。追求しているものは全く異なりますが、今回、素敵なアーティストMさんと共に作品作りをさせていただいたことが、とても楽しくそして光栄でした。

 

 

なんだか最近、どんどん文章が長くなってきていますね。。

もっと読みやすいものにしなければ(汗)

 

でも感謝の気持ちを込めて。

 

 

※今回お撮りしたプロフィール写真の一部を、広瀬のSNS・HPに掲載させていただいております。ぜひご覧ください。 

 

 

あるダンサーさんとの撮影(前編)

こんばんは。

 

雨の毎日が続いていた先月のこと。ある日、とても光栄な撮影のご相談をいただきました。

 

お話をくださったのは、あるダンサーさん(以下Mさん)。プロフィール写真のご相談でした。

 

ぼくはダンスについては全くの素人です。踊れませんし、観た経験も乏しい。ですがこれまで何度か、Mさんが所属する団体さんの公演をお撮りする機会をいただいていたため、Mさんのパフォーマンスも何度か拝見させていただいてました。

 

ダンスのことを知らないぼくがダンスについて書くのはとてもおこがましいと思うのですが...そこはどうか目をつむっていただいて、今日は記事を書いていきたいと思います。

 

 

さて、みなさんはダンスというと、観て楽しむ側としてはどんなイメージをされますか?ジャンルは多岐に渡りますが、優雅に流れるような動きや、あるいはキレのあるダイナミックな動き、集団での一糸乱れぬ迫力ある演舞などなど、身体的な動き、つまり振り付けにその魅力を主に感じることが多いのではないでしょうか。ぼくもそう感じていました。

 

しかし、以前はじめて間近でMさんのパフォーマンスを見たとき、ぼくはあることに衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えています。

 

 

 

 

それはある公演のまだリハーサルの日。ぼくも撮影係としてご一緒させていただいてました。照明も本番用ではなく素明かり。そしてプログラムの中には、Mさん扮する少女が次第に獣に変化していくという演目が。

 

これが凄かった!

 

何が凄かったのかというと、それは表情表現。

 

可愛らしくあどけない少女の顔に、次第に不安定な負の感情が混ざり込んでいき、最後にはギラつく獣の顔に。徐々に徐々に、しかし刻一刻と変わっていく顔つきと、交錯する様々な喜怒哀楽を、鮮やかに表現されていました。文章ではその凄さをうまく伝えられませんが、睫毛や眉毛の一本一本の先端にまで神経が通っているかのような、そんなことを感じさせるほどの、多彩で繊細な表情表現の数々でした。

 

「す、すごいな...」と、驚き、圧倒され、そして感動しながらシャッターを切っていたのを今でも良く覚えています。これほどまでに豊かな表情の変化を今まで見たことが無かったので、Mさんのパフォーマンスを目の当たりにして以来、表情による表現というものの認識がぼくの中で大きく変わりました。(表情についてばかり書いてしまいましたが、もちろん全身を使っての表現もとても素敵で格好良く、ファインダー越しに見入っていました。)

 

Mさんの表情の表現にぼくがとても感動したのは、ぼくが人をお撮りするカメラマンだからという背景も、もしかしたらあるのかもしれません。また、ダンサーさんにとってはやはり、表情の表現よりも全身を使った表現に一番注目してほしいという想いがきっと強いと思います。そしてダンサーさん達の本当の凄さやダンスに掛ける想いというのは、素人のぼくには想像できない域にあるのだという、どこか後ろめたさのような気持ちもあります。

 

しかしこの日ぼくがぼくなりの感受性で心を動かされたのも事実...。なので、これらのことを心に留めた上で、このリハーサルの日以降、ぼくは密かにMさんのパフォーマンスのファンになってしまいました。 

 

 

 

 

こうした経緯が(ぼくの中で)あり、多彩な表情を表現するMさんから、プロフィール写真のお話しをいただいたことが、カメラマンとしてとても嬉しく、そしてとても光栄でした。

 

 

しかしここで一つ課題が…

 

ダンサーさんのプロフィール写真って、果たしてどういうのがいいんだろうか…?

 

次回に続きます。 

 

 

※今回お撮りしたプロフィール写真の一部を、広瀬のSNS・HPに掲載させていただいております。ぜひご覧ください。

 

 

薪を焚べるように

こんばんは。

 

昨晩のこと。

 

お風呂あがりにふと鏡に映った自分を見てギョっとしてしまいました(笑)。ちょうど眉毛と眉毛の間の位置に、真っ赤なアザが...しかも左右対称に2つも。親指大の結構な大きさ。。

 

ありゃりゃ、なんじゃこりゃ~!?

 

痛くは全然ないけど、ちょっと笑える顔になっていました。これで人と顔を合わせるのはかなり恥ずかしいぞ...と思いながら、どこでこんな真っ赤なアザを作ったんだろうとふと思い返してみると...

 

 

先日、とても悔しい思いをすることがありました。

 

撮影の依頼をいただけるように頑張っていた案件があったのですが、結局依頼をいただくことができずに終わってしまい...自分にとっての大きなチャンスを逃してしまったということがありました。

 

もちろん、悔しい思いをしない日なんてありません。ただ、逃してしまったその撮影案件は、依頼をいただけるよう半年以上も前から色々と積み重ねてきていただけに、悔しさもひとしおでした。

 

「何が足りなかったんだろう...」

「もっとやれることはあったんじゃないか...」

 

と、振り返ることはできます。

 

でも、後からどれだけ振り返ったところで、結果は変わらない。あとの祭り。振り返ることに意味は無いと言っては言い過ぎかもしれませんが、チャンスをものにできなかったという結果と、自分への不甲斐無さと、そしてただただ悔しさだけが残りました。

 

そんな中でパソコンの前でカタカタと事務作業をしていたとき、ふとした瞬間にまた悔しさがこみ上げてきて、無意識に手で眉間のあたりを強く抑えてしまっていたようです。それが左右対称のヘンテコなアザの原因でした。

 

 

誰しも悔しい思いをすることがあると、時には自分を見失ったり、時には激しく落ち込んでしまったり、あるいは時には心が折れてしまうこともあると思います。

 

しかし、そうした悔しい経験が自分を磨いてくれるものだと、強くしてくれるものだと信じて、また今日からひとつひとつのことを積み上げていきたいと思います。

 

種火のように小さくなってしまった焚き火の炎に、薪を一本、また一本と焚べていくように。

 

この記事を読んでくださっている方も、お仕事にプライベートにと日々奮闘されていることと思います。そして、思い通りにいかずに悔しい思いをすることもあるかと思います。(ぼくなんかよりも遥かに遥かに高い次元の奮闘と悔しさだと思います(汗))

 

お互いがんばりましょう!

 

 

 

 

 

ダーツの旅的カメラマン

こんばんは。

 

今日は刺すような日差でしたね。夏がいきなり本気を出してきた感じでした。

 

中には「今日の日差しは質量を伴っている…」と言う方もいて、「おぉー、上手いっ!」とうなってしまいました(笑)

 

写真について言えば、日差しが強ければ強いほど、陰影の濃い写真が撮れます。そうした陰影の濃い写真というのは、カメラマンによる工夫だけで実現しようとしてもなかなか難しく、やはり実際の夏の日差しのもとで撮った写真は仕上がりが全然違います。存在感、臨場感、瑞々しさといったものが鮮やかに映しだされる、そんな感じです。(ちなみに夏は夜間の撮影においても、もっとも綺麗に、そして幻想的な写真が撮れるシーズンでもあります。)

 

こうした自然が作り出す撮影環境は、特に映像や写真の世界では作品の出来を大きく左右するので、自分の表現に適した撮影環境を求めて、季節ごとに活動拠点を変えるカメラマンさんや映画監督さんも沢山います。

 

例えば、夏の日差しの強さと日照時間が全国一位の県はどこだかご存じですか?

 

それは高知県(ちなみに雨量も全国一位)。高知の夏の日差しを求めて、多くの映像作家さんが毎年この地で撮影をされるそうです。

 

また例えば、オーロラ撮影をメインに活動されている方は、1年うち3ヶ月間を北極圏で、残りを自分の国で過ごす、という感じだそうです。

 

ぼくはというと、まだまだ活動範囲が狭く、その土地その土地の特性を活かした作品作りは正直まだ出来ていません。でもやってみたいし、進化しつづけるためにもやらなくてはいけない。だから...いただいている日々の一つ一つのお仕事を大切にし、早く日本全国津々浦々のいろいろな土地を巡っていけるように今を頑張ろう…夏の日差しを見て今日はそんなことを思いました。

 

 

目指すは所さんのダーツの旅のようなフットワークの軽さで全国の土地を巡って撮影をすること!

 

ヒュッ!(ダーツを投げた音)

「あ、ヤバイ、凄いところに刺さっちゃったぞ(笑)まあでも早速行くか!」みたいな(笑)

 

頑張ります。