タイトル決め

最近、色々と必要に迫られて、日本語の単語を外国語にすると何と言うのかを頻繁に調べていました。これが僕にとってはかなり面白い作業です。

 

僕は語学が好きで、ペラペラ話せるほどでは全然ないのですが、英語とフランス語を学生時代にかなり頑張って勉強しました。両親が英語がネイティブレベル(特に母はネイティブよりも上手い)で、他のいくつかの言語も多少は話せるというほどの語学好き。そんな両親の影響を受けているのかもしれません。

 

僕は特に単語や言い回しを知るのが好きで、そこから日本とは異なる価値観や文化を伺い知ることに面白さを感じます。洋画を観るときも、実際に使われている言葉と日本語の字幕を比べて、その表現の仕方の違いを知るのが楽しかったり。

 

そんな語学好きな僕が特に好きな言葉がいくつかあります。少しだけご紹介。

 

 

"one and only"

英語で"唯一の存在"という意味ですね。個人的には、英語は最上級のものを表現することに長けていると感じます。特に時系列の中での最上級のものについての表現がシンプルだけど凄くカッコいいものばかり(例えばeverという文字が含まれている単語や表現など)。

 


"passione"

イタリア語で"情熱"の意。パッションのイタリア語版です。読み方はパッショーネ。響きが素敵ですよね。単に熱いだけではなく、その響きからは誇り高さと気品を感じます。

 


"bleu"

フランス語で"青"の意。フランス語はあらゆる単語の響きが美しいですが、僕は特に色にまつわる単語が好きです。noir、blanc、rougeなどなど、どれも響きが素敵です。

ちなみに日本では栗のケーキとしてお馴染みのモンブランは、フランス語で"白い山"の意(montが山、blancが白)。また、サッカーのフランス代表は、ユニフォームの色にちなんで レ・ブルー(Les Bleus)、つまりThe Bluesという愛称があります。

 


"ウォーアイニー"

中国語です。僕が小さかった頃、すごく好きだった歌があったのですが、その中に歌詞として出てきた言葉です。意味も知らないままにその優しい響きが好きになったのですが、なぜかずっと意味を調べないまま何年も経ってしまいました。後年、ふとしたきっかけで意味を知ることになり、その優しい響きにとても納得しました。
我愛你。漢字で書くと意味がすぐにわかりますね。

 

 

最近特に頭を悩ませながらあれこれと考えていたのが、写真作品のシリーズ名です。僕の場合、1枚1枚の写真にタイトルを付けることはありませんが、シリーズにはタイトルをつけるようにしています。考えていたのは、今夏の終わり頃に予定している作品撮りのシリーズ名。↓のエントリーで触れた撮影のタイトルです。

 

最後のピース - 今夜はカメラをしまって

 

小さな撹乱 - 今夜はカメラをしまって

 

タイトル決めは本当に難しいです。意味を込めようとしすぎてしまうと、逆に写真を観てくださる方の自由な想像を妨げるものになってしまう。かといってシンプルなものにしようとするとありふれたものになってしまう。散々頭で考えても、結局最後の判断は、感覚的な部分に頼ることになったり。タイトル決めは色々と学びのある作業です。

 

そんなタイトル。良いのが一つ、見つかりました。写真とともに、観てくださる方に何かを感じていただけるものとなれば幸いです。

 

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その日まで

こんばんは。

 

連日暑いですね。開放的な季節には、土日に街中を歩いているとばったり昔の仲間と会うことがあります。まだ写真を始める前に多くの時間を共にした当時の仲間です。

 

彼ら彼女らのほとんどが、子供を連れて家族で週末を楽しんでいたり、勤める会社で大きな実績と地位を築いていたり。自分と同じ場所で同じ時間を共に過ごしていた人達が、公私ともに人生のステージを先へ先へと進めている。

 

そんな光景を目の前にすると、ほんの少しだけ昔の自分を思い返してしまいます。「あの時、物事がもしうまくいっていたら…」と。

 

落ち込むほどではありません。悲しくなるほどでもありません。ほんのわずか一瞬だけ、人並みに人間的な感情が脳裏をかすめる。その程度です。

 

もしもあの時、仕事がうまくいっていたら…
もしもあの時、恋愛がうまくいっていたら…
もしもあの時、健康を崩さずにいられたら…

 

そんなことがほんの少しだけ頭をよぎります。でもすぐに、やっぱり違うな、そうじゃないな、と現在の自分に意識が帰ってくる。

 

もしもあの時、仕事がうまくいって"しまって"いたら。
もしもあの時、恋愛がうまくいって"しまって"いたら。
もしもあの時、健康を崩してしまって"いなかった"ら。

 

当時、もしどれか一つにでも恵まれて"しまって"いたら、カメラを手にすることは無かったでしょう。これらのことに恵まれる代わりに、写真と出会わなければよかったのか。そして、写真を通じて自分と関わりを持ってくださった方たちと出会わなければよかったのか。答えははっきりしています。即答です。

 

 

僕にはフォトグラファーとして人に自慢できるような実績はまだ一つもありません。経験もまだほんの僅か。そんな始めたばかりのステージであっても、写真が、写真こそが自分を新しい未来へと導いてくれるものだという確信があります。

 

でも、自分がそう思っているだけではまだ何の意味もありません。それは自己満足でしかない。誰かに、欲を言えば多くの人に、僕の写真と出会えて良かったと言っていただけるようにならなくてはいけません。そう言っていただけて始めて、写真を始めたことが意味のあることだったと胸を張って言えると思います。

 

災い転じて福と成す。

今になって、胸にぐっと刺さる良い言葉だなと思う今日このごろです。もちろん、まだ福と成したといえるほどの何かをやり遂げたことは一度もありません。仮にもし自分にも何かを成し遂げる可能性が少しでもあったとしても、成したと胸を張って言えるのはずっとずっと先のことになるでしょう。

 

これからも地道に、でも着実に腕を磨き続けたいと思います。

福と成したと言えるその日まで。 

 

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誰かの願いを

こんばんは。

 

今夜は七夕ですね。


写真を始める前の僕は、七夕になんて本当に何も感じるところがなくて、「全ては自分の努力次第でしょ」と、とてもおこがましく、そして味気ない考え方をしていました。


でも、写真を始めて、賭けるものが見つかって、そして動き始めてみると、運に大きく左右されることも人生には沢山あるんだということを嫌というほど思い知らされました。良い結果も悪い結果も全て自分の実力次第。そんなことを信じて疑わずにいた昔の自分がとても恥ずかしいです。幼く、そしてとても未熟でした。今振り返ると、自分の努力で成し遂げたと思っていたことは、ほとんど全てのことが運だったように思えます。たまたま上手くいっただけだったのだと。

 

運。科学的に捉えるならば確率論。不確定要素ばかりの中で多くの人が尊い挑戦をしている。そんなことをやっと理解することができるようになってからは、僕自身も「なんとかうまくいってほしい」と祈るような気持ちになることがとても多くなりました。

 

そんな自分の中の変化もあり、近年は七夕の日になると、少し趣深い気持ちになります。(特に何かお願い事をするわけではないのですが…)


今の自分はまだ、人に助けてもらってばかりです。つまり、自分の願いを誰かに叶えてもらってばかり。

 

でも、いつかは自分の写真で誰かの願いを叶えてあげたい。自分には、そして自分の写真にはそれがきっとできるはずだと信じています。


頑張ります。

 

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ストリート、大切な仲間

こんばんは。

 

少し前に、久しぶりにストリート仲間に会いました。写真を始めたばかりの頃に渋谷の路上で出会って、何度か話すうちに仲良くなったミュージシャンの友達です。


路上での活動は本当に忍耐が必要で、そんな中でお互いに毎晩毎晩頑張っていたので、賭けているものは違えど不思議と仲間意識が芽生えた友達です。


久しぶりに会って、お互いに、「新しい仕事をもらえた」とか、「今度新しいことをやるんだ」とか、そんな会話をしました。何よりも心地よかったのは、お互いうまくいくといいねとお互いに思っていることが、言葉にしなくても分かるということ。最後は自然と固い握手をして別れました。


彼は凄腕のミュージシャンで、地道に腕を磨き、着実にファンを増やし、活躍の場をどんどん広めていっています。ストリート出身の者同士、僕も負けてはいられません。

 

そんな彼が別れ際にこんな事を言ってくれました。「広瀬君はもっともっとSNSで発信していかないともったいないよ。こんなに良い写真を沢山撮ってる人見た事ないよ。どこかの誰かが絶対に見てくれてチャンスをくれるから。」と。もうめちゃくちゃ嬉しかったです。大切な大切なストリート仲間です。


これからの季節。夏は僕の写真ともっとも相性の良いシーズンです。自分の表現がきっと誰かの心を動かすはずだと信じて、ひたすら頑張ります。

 

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小さな撹乱

こんばんは。

 

先日、夏の終わり頃に予定している作品撮りの練習をしてきました。以前の↓のエントリーで触れた撮影の練習です。

 

最後のピース - 今夜はカメラをしまって

 

本番で使おうと思っている場所の下見。そして使おうと思っている機材のテスト。唯一本番と異なるのは、写っているモデルさんが違うだけ。今回は友達にお願いして、「どこにも公開しない」という約束のもとで練習台になってもらいました。

 

振り返ると、練習という位置付けで写真を撮ったのは今回が初めてかもしれません。それは決して僕が練習嫌いというわけでありません。「どこかの誰かがきっと見てくれるはず」。どんな写真を撮るときも僕はそんな願いをこめてシャッターを切っています。だからこそ、誰の目にも触れないことが始めから決まっていた今回の撮影は、少し不思議な感じがしました。

 

しかし今回の練習は、もちろん、本番で良い写真を撮るためのもの。改善点がいくつも見つかり、収穫の多い練習となりました。もうあと1回くらい練習の撮影を設けて、本番に備えたいと思います。

 

 

今回のような、いただいたお仕事ではない写真を撮っていると、良く、「何でそんなことをやってるの?」「そんなことをやって何にかになるの?」と聞かれます。中には、「意味あるの?」とストレートに言葉をぶつけてくる人も。

 

こうした言葉をかけられることは、写真を始めてからというもの日常茶飯事なので、いつもはぐらかして終わるのですが、特に理由なんてありません。ただ撮りたいから撮る。それだけです。

 

そして活動(事業)という視点にもとづけば、確実に言えることがあります。それは、何らかの成果に繋がるまでには時間がかかるということ。

 

 

僕には目標にしているあるフォトグラファーがいます。独自の世界観で多くの作品を手掛ける凄腕のフォトグラファーで、彼が新しい作品をSNSにアップすると、世界中から多くの反応がよせられます。僕自身も、彼のSNSが更新されるのをいつも心待ちにしている一人です。

 

しかし、彼の初期の頃の作品ページを見ると、ほとんど観てくれる人がいない状態だったことが伺えます。作品のクオリティも、本当に駆け出しの頃だったことが見て取れる。でも、根底に流れる彼の感性は、多くのファンを抱える今とまったく変わっていない。初期の頃から一貫した想いがあって活動していたことが写真を通じて伝わってきます。そして、彼の想いに技術が追いついてきた頃を境に、彼の写真に魅せられた人が国境を跨いで増えていったことが分かります。そうした状態になるまで、数年の歳月を要したようです。

 

「これほどまでに凄いフォトグラファーでも、長い長い下積みの時代があったんだな」。彼の初期の作品を見る度に、そんなことを思わせてくれます。

 

洗練された彼の今の作品も、誰の目にも留まっていなかった初期の作品も、どちらも僕は大好きです。

 

 

秋に予定してる作品制作。

それを無事に撮り終えることができたとしても、それがすぐに何かに繋がるということはおそらく無いでしょう。

 

でも、たとえどんなに小さな動きであったとしても、それが小さなうねりのようなものを生み出し、それがめぐりにめぐって、やがては形のある何かになって自分のもとに帰ってきてくれる。僕はそう固く信じています。精神論ではなく、これまで活動を続けてきた中で、経験を通じて理解した教訓です。「あの時のあの一枚」。それがきっかけとなり、新しいチャンスをいただけたことがこれまで何度もありました。振り返れば、むしろそうしたことがほとんどだったように思います。

 

何が起きるかなんて分からない。誰にも、自分にも。そして、この先誰がいつどこで自分の写真を見てくれることになるかも分からない。そんな中で今の自分にできることは、小さなうねりを起こし続けること。それ以外に無いように思います。

 

そしてこの先のどこかで、自分の写真に興味を持って下さった方が目の前に現れてくれた時に、自分の世界観を投影した作品をすぐに見ていただける状態にしておきたい。いつだって刀は抜けるということを、気に留めて下さった方に伝えられるかどうか。とても大切なことです。

 

先を見据えつつ、今の自分にできることをひとつひとつ積み重ねていきたいと思います。

 

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会いに行きたい

こんばんは。

 

少し前に、カメラマン用の大容量バックパックを購入しました。

 

これまでもカメラマン用のリュック(普通サイズ)を使っていたのですが、それは容量が少なくて、軽装備で対応できる撮影用。今回購入したのは、三脚やパソコン、その他色々なものを詰め込めるサイズのもの。

 

これからはもっともっと行動範囲を広げたいなと昨年あたりから強く思うようになり、撮影の旅のお供をしてくれるものをと思い購入しました。このバックパックを背に、今年こそは普段の行動範囲を飛び出して、知らない土地を色々と巡りたいと考えています(去年は足の怪我のリハビリで一年が終わってしまった)。

 

 

「知らない土地を巡って写真を撮りたい」。

 

多くのフォトグラファーの根源的な欲求とも言えるものだと思いますが、僕はこれこそが、つまり物理的な移動距離こそが、あらゆる創作の担い手の世界観を決定づけるものなのではないかと考えています。

 

見知らぬ地をどれだけ巡り、文化や価値観の異なる人々とどれだけ言葉を交わしたか。それこそが、自分の表現をより深淵なものに昇華させる決定的な要素なのだといつの頃からか信じるようになりました。

 

人種、国籍、性別、政治観、宗教観、性的指向...人と人との間に線を引くような、こうしたあらゆる境界線を超えた域に達するほどの表現力。どんな土地の、どんな文化圏の人々の心にも響く表現力。それを体得するためには、同じ場所に居続けるのではなく、もっともっと多くのものに触れなくてはいけないし、触れてみたい。そして、今の自分に決定的に欠けているものも、この移動距離であることは否めない。そう思う今日このごろです。

 

 

まだ見ぬ街に独り赴けば、きっと多くの出会いが待っていることでしょう。どんな出会いが待っているのか。それを楽しみにしつつ、撮影の旅を早く実現できるように、一日一日を大切にしていきたいと思います。

 

まだ見ぬ人と街に、早く会いに行きたい。

そんなことを思いつつ、明日も頑張ります。

 

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未来の話をしていたい

こんばんは。

 

先日、仲の良かった友人と久しぶりに予定を合わせて飲みにいきました。顔を合わせたのは5年振りくらい。フォトグラファーになる前の友人で、当時最も仲の良かった友人の一人でもあります。

 

フォトグラファーになってからは、出会うほとんどの方とは一期一会の間柄なので、長い時間を共にした友人と会うのは本当に久しぶりのことでした。

 

お酒を飲みながら近況を報告しあい、とても楽しい時間を過ごせたのですが...カメラを手にしてから自分は変わったんだなとふと気付くことがありました。

 

それは、思い出話に花を咲かせることに何となく気持ちが向かなくなったということ。もちろん旧友との再会はとても楽しかったのは間違いないのですが、昔話で盛り上がることに心のどこかで小さな抵抗を感じていました。

 

 

写真を始めて以来、自分の頭の中を巡っているのは常に未来のこと。

 

「こんな場所に行って写真を撮りたい」

「こんな人達を撮ってみたい」

「こんな活動をしてみたい」

「今年は・・・」

「来年は・・・」

「何年後かには・・・」

 

そんなふうに未来のことばかりを思い描いていると、不思議と出会うのは、同じように、思い描く未来を実現しようと毎日を頑張っている方たち。ご一緒させていただいた時間はほんの僅かですが、写真を始めてからは、世代や国籍を問わず、未来を語りあえる方たちとの多くの出会いに恵まれました。

 

そんな中での写真を始める前の旧友との再会。話題の多くが昔話となってしまったことに、少し戸惑ってしまった自分がいました。「あの時は楽しかった」、「あの時は良かった」。そうした会話はとても楽しいし、感傷に浸る気分も悪くは無いけれど...でも、やっぱり自分は未来の話をしていたい。この先も、未来の話でお互いのことを語り合える人と出会いたい。ふとそう思う自分がいました。

 

 

マスメディアなどで「未来」という単語が使われる際は、どことなく「壮大なものでなければいけない」という言葉の裏のプレッシャーが存在していると僕は感じています。しかし、大きさはまったく重要でないように思います。どんなにささやかなことであっても未来は未来。むしろ小さなことのほうが近いうちの実現の可能性を強く感じて逆にワクワクしたり。

 

 

そして写真というものは、収めた瞬間から、物理的には過去のものとなります。でも、僕は写真を「記録媒体」とは考えていません。写って下さった方が、自分の明るい未来を予感できるような、未来に連れて行ってあげられるような写真。そんな写真をお撮りしたいと僕は考えています。もちろん、そこに年齢は関係ありません。

 

そんな未来に繋がる写真をお撮りするためにも、撮り手である僕自身が、未来を見据えて一日一日を大切に過ごさなくてはいけない。

 

そしてそして...世の中を見渡せば、自分の未来を描けずに苦しい日々を過ごしている人達も、決して少なくないでしょう。そんな方たちにも、写真を通じてほんの小さなきっかけをお渡しできたら...いつか僕が取り組んでみたい活動のひとつです。

 

 

 

未来の話をしていたい。

どんなにささやかなことでもいいから。

少なくとも今はそう思います。

 

 

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