名も無き創り手

この週末はクリスマスですね。

 

 

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至る所で本当に様々な趣向が凝らされた装飾が、街に華やかさを添えています。

 

 

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週末ともなると、街の装飾の前で記念撮影する人達も沢山。

 

 

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空の青や木々の緑など、そうした自然の色は冬場は薄れてしまいますが、その分、誰かの手による装飾が街に彩りを添える。

 

 

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僕はカメラマンということもあってか、そうした街の装飾を目にすると、いつも創り手の姿を想像します。どんな人が、どんな想いで作ったのだろうか、と。

 

 

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何人かの人達で「今年はどんなのにしようか」と何度も議論を重ねて制作したのかもしれない。

 

 

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強烈な個を持つリーダーがワンマンで指揮を執って制作したのかもしれない。

 

 

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もしかしたら、大した思い入れもなく、ルーティーンワークとしてこなしただけのものもあるのかもしれない。(たとえそうだったとしても、街ゆく人々を惹きつけている。)

 

 

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どれも僕の想像です。

 

 

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しかしいずれにせよ、街ゆく人々の目には、制作者の名前も、姿も映らない。制作物にかける想いも、耳にすることは決して無い。

 

 

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おそらくそれが当たり前のことなので、街ゆく人も「誰が作ったのかを知りたい」と思う人はいないだろうし、創り手も「自分(達)が作ったということを知ってもらいたい」とも思っていない。

 

 

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けど、誰かを惹きつけるものを創るというのは、本当に本当に難しいことだし、ものすごく大変だし、膨大な時間がかかる。なかなかできることじゃない。

 

 

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だから...名も無き創り手に光を当てたい。そう思うようになって撮り始めのが、仕事人シリーズ(「PROFESSIONAL」シリーズ)でした。

 

 

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それは肩書上プロかどうかなんて一切関係ありません。"プロ"なんて言葉は人によって定義が異なるし、全く意味を持たないただのお飾り的な単語に過ぎません。大切なのは、その人が手掛けたものが、誰かを楽しませているということです。(缶コーヒーのCMのコピーみたいですね笑)

 

 

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初めて撮った「PROFESSIONAL」シリーズの写真。それは、GWの子供の日を前に、誰もいない公園で鯉のぼりを設置している男性の写真でした。作業服を着てヘルメットをかぶり、梯子で木に登って鯉のぼりを幹にロープでくくりつけている姿。あの方がどんな想いで作業をしていたのかは分かりませんが、その姿がすごくかっこよかったのを今でもよく覚えています。

 

 

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そんな「PROFESSIONAL」シリーズ。2017年はあまり撮れなかったのですが、近々新しい写真を撮影してまいります。どうぞ楽しみにしていてください。

 

寒さの厳しい折、皆さまご自愛くださいませ。

 

 

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会いに行きたい

少し前に、カメラマン用の大容量バックパックを購入しました。

 

これまでもカメラマン用のリュック(普通サイズ)を使っていたのですが、それは容量が少なくて、軽装備で対応できる撮影用。今回購入したのは、三脚やパソコン、その他色々なものを詰め込めるサイズのもの。

 

これからはもっともっと行動範囲を広げたいなと昨年あたりから強く思うようになり、撮影の旅のお供をしてくれるものをと思い購入しました。このバックパックを背に、今年こそは普段の行動範囲を飛び出して、知らない土地を色々と巡りたいと考えています。

 

 

「知らない土地を巡って写真を撮りたい」。

 

多くのフォトグラファーの根源的な欲求とも言えるものだと思いますが、僕はこれこそが、つまり物理的な移動距離こそが、あらゆる創作の担い手の世界観を決定づけるものなのではないかと考えています。

 

見知らぬ地をどれだけ巡り、文化や価値観の異なる人々とどれだけ言葉を交わしたか。それこそが、自分の表現をより深淵なものに昇華させる決定的な要素なのだといつの頃からか信じるようになりました。

 

人種、国籍、性別、政治観、宗教観、性的指向...人と人との間に線を引くような、こうしたあらゆる境界線を超えた域に達するほどの表現力。どんな土地の、どんな文化圏の人々の心にも響く表現力。それを体得するためには、同じ場所に居続けるのではなく、もっともっと多くのものに触れなくてはいけないし、触れてみたい。そして、今の自分に決定的に欠けているものも、この移動距離であることは否めない。そう思う今日このごろです。

 

 

まだ見ぬ街に独り赴けば、きっと多くの出会いが待っていることでしょう。どんな出会いが待っているのか。それを楽しみにしつつ、撮影の旅を早く実現できるように、一日一日を大切にしていきたいと思います。

 

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あるダンサーさんとの撮影(後編)

前回の続きです。

 

▼前回のエントリー

あるダンサーさんとの撮影(前編)

 

 

素敵な踊りと多彩な表情で、見る人を魅了するダンスアーティストMさん。そんなMさんから、光栄にもプロフィール写真のお話をいただきました。写真はあるダンスコンペに提出するためのものとのこと。

 

そんな中で一つ課題が...

ダンサーさんのプロフィール写真って、どういうものがいいんだろうか… 

 

もちろん、ネットで検索すれば星の数ほどの写真を見ることができます。しかし、検索して見ることのできる写真というのは、裏を返せば、画一的でありきたりなものとも言える。(表示される写真が良くないというわけでは決して無く、検索エンジンがマジョリティを抽出する仕組みだという意味で)

 

そこで僕はMさんが出演された公演のDVD(以前いただいていた)を改めて見返してみることに。ダンサーさんならではの身体の魅せ方や、ダンサーさんらしさが良く現れている身体の部位を自分なりの視点で見つけることができれば、それを撮影に活かせるのではないか。そう考えたためです。

 

再生、一時停止、戻し。再生、一時停止、戻し。

 

様々な演目の、様々なシーンをチェックしていくうちに、だんだんと自分なりの仮説ができてきました。「きっと、これとこれ、こことここ...かな?」と(具体的なことは企業秘密です笑)。

 

もちろん、僕はダンスのことは分からないので、当たりをつけたポイントが間違っている可能性も低くはなかったと思います。ダンサーさんに直接聞いてみることもできました。

 

しかし、最終的には写真という形に収めることが目的である以上、ここはカメラマンとしての自分の視点を信じたほうがよいのでは?と思い、自分なりのいくつかの答えをもってして撮影に臨むことにしました。

 

 

そして迎えた撮影。

 

流石はMさん。

 

どんな姿勢も、どんなポーズも、どんな表情も、とても素敵にそして繊細に表現されていました。

 

ダンスアートという道を日々追求しているMさん。そんなMさんが身にまとうアーティストとしての凛とした雰囲気が、1枚1枚の写真に吹き込まれていくようでした。

 

 

* 

 

 

後日、無事に写真のお渡しも終え、ひとりモニターで1枚1枚の写真を見返しながら今回の撮影を振り返っていました。

 

素敵に写っているMさんの肖像。

 

プロフィール写真の撮影というのは、イベント事の撮影とは少し異なり、撮り手と被写体で一緒に作品作りをするという側面があります。追求しているものは全く異なりますが、今回、素敵なアーティストMさんと共に作品作りをさせていただいたことが、とても楽しくそして光栄でした。

  

感謝の気持ちを込めて。

 

 

あるダンサーさんとの撮影(前編)

雨の毎日が続いていた先月のこと。ある日、とても光栄な撮影のご相談をいただきました。

 

お話をくださったのは、あるダンサーさん(以下Mさん)。プロフィール写真のご相談でした。

 

僕はダンスについては全くの素人です。踊れませんし、観た経験も乏しい。ですがこれまで何度か、Mさんが所属する団体さんの公演をお撮りする機会をいただいていたため、Mさんのパフォーマンスも何度か拝見させていただいてました。

 

ダンスのことを知らない僕がダンスについて書くのはとてもおこがましいと思うのですが、そこはどうか目をつむっていただいて、今日は記事を書いていきたいと思います。

 

 

さて、みなさんはダンスというと、観て楽しむ側としてはどんなイメージをされますか?ジャンルは多岐に渡りますが、優雅に流れるような動きや、あるいはキレのあるダイナミックな動き、集団での一糸乱れぬ迫力ある演舞などなど、身体的な動き、つまり振り付けにその魅力を主に感じることが多いのではないでしょうか。僕もそう感じていました。

 

しかし、以前はじめて間近でMさんのパフォーマンスを見たとき、僕はあることに衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えています。

 

 

 

 

それはある公演のまだリハーサルの日。僕も撮影係としてご一緒させていただいてました。照明も本番用ではなく素明かり。そしてプログラムの中には、Mさん扮する少女が次第に獣に変化していくという演目が。

 

これが凄かった!

 

何が凄かったのかというと、それは表情表現。

 

可愛らしくあどけない少女の顔に、次第に不安定な負の感情が混ざり込んでいき、最後にはギラつく獣の顔に。徐々に徐々に、しかし刻一刻と変わっていく顔つきと、交錯する様々な喜怒哀楽を、鮮やかに表現されていました。文章ではその凄さをうまく伝えられませんが、睫毛や眉毛の一本一本の先端にまで神経が通っているかのような、そんなことを感じさせるほどの、多彩で繊細な表情表現の数々でした。

 

「す、すごいな...」と、驚き、圧倒され、そして感動しながらシャッターを切っていたのを今でも良く覚えています。これほどまでに豊かな表情の変化を今まで見たことが無かったので、Mさんのパフォーマンスを目の当たりにして以来、表情による表現というものの認識が僕の中で大きく変わりました。(表情についてばかり書いてしまいましたが、もちろん全身を使っての表現もとても素敵で格好良く、ファインダー越しに見入っていました。)

 

Mさんの表情の表現に僕がとても感動したのは、僕が人をお撮りするカメラマンだからという背景も、もしかしたらあるのかもしれません。また、ダンサーさんにとってはやはり、表情の表現よりも全身を使った表現に一番注目してほしいという想いがきっと強いと思います。そしてダンサーさん達の本当の凄さやダンスに掛ける想いというのは、素人の僕には想像できない域にあるのだという、どこか後ろめたさのような気持ちもあります。

 

しかしこの日僕が自分なりの感受性で心を動かされたのも事実。なので、これらのことを心に留めた上で、このリハーサルの日以降、僕は密かにMさんのパフォーマンスのファンになってしまいました。 

 

 

 

 

こうした経緯が(僕の中で)あり、多彩な表情を表現するMさんから、プロフィール写真のお話しをいただいたことが、カメラマンとしてとても嬉しく、そしてとても光栄でした。

 

 

しかしここで一つ課題が…

 

ダンサーさんのプロフィール写真って、果たしてどういうのがいいんだろうか…?

 

 

ーー続く

 

 

今夜はカメラをしまって

こんばんは。カメラマンの広瀬康一です。

カメラマンである僕は、来る日も来る日も視覚的な表現にあれこれ思いをめぐらせています。すると不思議なもので、「たまには文章も書きたいな」という気持ちに駆られます。

写真と出会う前、20代の頃の僕は、本を読むのが大好きでした。言葉で表現する仕事をしてみたいと考えていた時期もありました。写真と出会ってからはすっかり表現方法が変わってしまいましたが、文字で何かを表現することにも、まだまだ変わらず愛着があるようです。

ということで、今夜はカメラをしまって、ブログを始めることにしました。日々の活動のオフレポートなどを、ゆるく綴っていけたらと思います。ふと思い出したときにでもふらっと立ち寄っていただけたら、とても嬉しいです。

それにしてもやっぱり広告がめっちゃ表示される。。有料プランにしようかな。。