Walk Through The Streets

by KOICHI HIROSE

抑えの効いた技を

今年の年明け1月のこと。

 

ストリートスナップただその一点だけに特化して追求してきた自分だけの表現。どうにか体得しようと4年間追い求めてきた表現を、やっと自分の技として手懐けることができるようなりました。

 

それまでは、自分の理想の表現に対して、当たらずとも遠からずといった状態が長く続いていました。しかし、自分が技を使いこなしているというよりも、技に自分が振り回されている状態であったことは否めなかった。技に溺れてはいない。技に本質は宿らないということも心得ている。けれども如何せんうまく制御できていない。例えるならば、手綱は引いているけどうまく乗りこなせていない。弾を放つことはできるけれども、反動で自分も後ろに吹っ飛ぶ。ドライブのかかったシュートを放つことはできるけど、枠に収まらない。切れ味の良い刀を携えているけれど、それを収める鞘が無い。そんな感じでした。

 

しかし、会得しようとずっと追求してきた技を、ついに自分で制御できるようになったのが1月のとある日のとある瞬間。欧米人がするようなガッツポーズを独り何度も何度も繰り返しました(笑)。自分の意のままに、自分の理想の表現ができる。抑えの効いた完成度の高さ。それを実現できるようになりました。今では手綱をうまく扱える。弾を放っても、反動で身体がブレることも無い。枠内に収まるシュートを打てる。そして...刀はしっかりと鞘に収まっている。そんな感じです。

  

−−「本当に良い刀は鞘に入っているものですよ」

 

中村玉緒さんの本質を捉えた名台詞。僕がずっとずっと大切にしている言葉です。

 

 

これまで掲げてきた自分の理想に自分の技術が追いついてきた今。自分にとってのまた別の新しい表現がどこにあるのかを、これからまた時間をかけて探しにいこうと思う今日このごろです。「きっとこれだな」という予感はあるものの、まだ足を踏み入れることはできていません。地道に取り組んでいこうと考えています。

 

 

ストリートスナップのベストシーズンは夏。

今年の夏は、会得した技を取り入れての初めての夏となりました。

 

そんな夏の写真達。お送りできるよう、現在準備を進めています。もうしばらく先のこととなってしまうかと思いますが、どうぞ楽しみにしていてください。観る人それぞれに、それぞれの方の感性と感受性で何かを感じていただけるものとなれば幸いです。

 

f:id:koichihirose:20171015123231j:plain

 

Instagram ▶︎ @koichihirose_ph
Twitter ▶︎ @koichihirose_ph

 

中身で勝負。中身が全て。

写真を初めて5年目の今年。当初から目指していた自分の写真の理想像はまだまだ遙か遠くにありますが、近頃やっと実を結びつつあることがあります。

 

それは、自分の名前を伏せていても、僕がお撮りした写真だと気付いていただけるようになりつつあるということです。

 

写真を始めた当初から、僕は「クレジット(著作権表記)無しで勝負したい」と強く思い続けてきました。

 

写真を生業としている方の写真には、多くの場合、photo by 〜とか、©マークが付いています。クリエイターとしての権利を守るための大切な表記です。取り決め上、必ず記載しなければならないというケースも多いでしょう。なので、クレジットを入れること自体を否定するわけでは決してありません。

 

しかし、制作者の名前の表記を入れるということは、裏を返せば、名前が書かれていなければ制作者が誰なのか分からないということの査証。それはつまり、中身で勝負することを避け、名前だけを売り出そうとしているのではないか...生意気な考えかもしれませんが、素人だった当時の僕はそう思わずにはいられませんでした。クレジットを入れることの意味や大切さを理解しつつも、今でもこの考えは変わっていません。

 

例えば、僕には大好きなフォトグラファーがいます。その方の未発表の作品を見れば、もしクレジットが無かったとしても、その方の写真だと必ず気付くことができるでしょう。写真に限らず、絵画、映画、漫画、イラスト、小説、音楽、歌など、あらゆる創作物について言えることです。また、身体的な動きについても同じことが言えると思います。例えば好きなサッカー選手やダンサーさんであれば、アバター化されたとしても、それが誰の動きなのかを気付くことができるでしょう。

 

自分の写真もこうした次元にまで高めたい。高めなくては意味がない。自分にしか撮れないもの、自分にしか表現できないものを体得しなければ先は無い。ずっとそう思い続けてきました。だからこそ、お客様にも常に「クレジットは不要です。」、「規約や規制は一切ないので、ぜひ自由に使ってください。」とお伝えするようにしてきました。

 

こうした意図が少しづつ実を結んでか、最近は、「この写真ってなんか広瀬君っぽいよね」、「これってもしや広瀬くんが撮った写真?」といったお言葉をちらほらとではありますがいただけるようになってきました。

 

 

ご依頼をくださった方に喜んでいただくことができれば、そして、写真を見てくださる方が、それぞれの方の感性で写真を通じて何かを感じていただくことができれば、それで十分。そしてそれが全て。僕の名前などはどうでもよいことなのです。

 

写っているものが全て。そこに撮り手である自分の名前を入れるということは、写ってくださった方のお顔に足を乗っけるようなもの。僕にはどうしてもそう感じずにはいられません。

 

この先もずっと、そこに写っているものそれだけで勝負したいです。

  

Instagram ▶︎ @koichihirose_ph
Twitter ▶︎ @koichihirose_ph

 

タイトル決め

最近、色々と必要に迫られて、日本語の単語を外国語にすると何と言うのかを頻繁に調べていました。これが僕にとってはかなり面白い作業です。

 

僕は語学が好きで、ペラペラ話せるほどでは全然ないのですが、英語とフランス語を学生時代にかなり頑張って勉強しました。両親が英語がネイティブレベル(特に母はネイティブよりも上手い)で、他のいくつかの言語も多少は話せるというほどの語学好き。そんな両親の影響を受けているのかもしれません。

 

僕は特に単語や言い回しを知るのが好きで、そこから日本とは異なる価値観や文化を伺い知ることに面白さを感じます。洋画を観るときも、実際に使われている言葉と日本語の字幕を比べて、その表現の仕方の違いを知るのが楽しかったり。

 

そんな語学好きな僕が特に好きな言葉がいくつかあります。少しだけご紹介。

 

 

"one and only"

英語で"唯一の存在"という意味ですね。個人的には、英語は最上級のものを表現することに長けていると感じます。特に時系列の中での最上級のものについての表現がシンプルだけど凄くカッコいいものばかり(例えばeverという文字が含まれている単語や表現など)。

 


"passione"

イタリア語で"情熱"の意。パッションのイタリア語版です。読み方はパッショーネ。響きが素敵ですよね。単に熱いだけではなく、その響きからは誇り高さと気品を感じます。

 


"bleu"

フランス語で"青"の意。フランス語はあらゆる単語の響きが美しいですが、僕は特に色にまつわる単語が好きです。noir、blanc、rougeなどなど、どれも響きが素敵です。

ちなみに日本では栗のケーキとしてお馴染みのモンブランは、フランス語で"白い山"の意(montが山、blancが白)。また、サッカーのフランス代表は、ユニフォームの色にちなんで レ・ブルー(Les Bleus)、つまりThe Bluesという愛称があります。

 


"ウォーアイニー"

中国語です。僕が小さかった頃、すごく好きだった歌があったのですが、その中に歌詞として出てきた言葉です。意味も知らないままにその優しい響きが好きになったのですが、なぜかずっと意味を調べないまま何年も経ってしまいました。後年、ふとしたきっかけで意味を知ることになり、その優しい響きにとても納得しました。
我愛你。漢字で書くと意味がすぐにわかりますね。

 

 

最近特に頭を悩ませながらあれこれと考えていたのが、写真作品のシリーズ名です。僕の場合、1枚1枚の写真にタイトルを付けることはありませんが、シリーズにはタイトルをつけるようにしています。考えていたのは、今夏の終わり頃に予定している作品撮りのシリーズ名。↓のエントリーで触れた撮影のタイトルです。

 

最後のピース

 

小さな撹乱

 

タイトル決めは本当に難しい。意味を込めようとしすぎてしまうと、逆に写真を観てくださる方の自由な想像を妨げるものになってしまう。かといってシンプルなものにしようとするとありふれたものになってしまう。散々頭で考えても、結局最後の判断は、感覚的な部分に頼ることになったり。タイトル決めは色々と学びのある作業です。

 

そんなタイトル。良いのが一つ、見つかりました。写真とともに、観てくださる方に何かを感じていただけるものとなれば幸いです。

 

Instagram ▶︎ @koichihirose_ph
Twitter ▶︎ @koichihirose_ph

 

小さな撹乱

先日、夏の終わり頃に予定している作品撮りの練習をしてきました。以前の↓のエントリーで触れた撮影の練習です。

 

最後のピース

 

本番で使おうと思っている場所の下見。そして使おうと思っている機材のテスト。唯一本番と異なるのは、写っているモデルさんが違うだけ。今回は友達にお願いして、「どこにも公開しない」という約束のもとで練習台になってもらいました。

 

振り返ると、練習という位置付けで写真を撮ったのは今回が初めてかもしれません。それは決して僕が練習嫌いというわけでありません。「どこかの誰かがきっと見てくれるはず」。どんな写真を撮るときも僕はそんな願いをこめてシャッターを切っています。だからこそ、誰の目にも触れないことが始めから決まっていた今回の撮影は、少し不思議な感じがしました。

 

しかし今回の練習は、もちろん、本番で良い写真を撮るためのもの。改善点がいくつも見つかり、収穫の多い練習となりました。もうあと1回くらい練習の撮影を設けて、本番に備えたいと思います。

 

 

今回のような、いただいたお仕事ではない写真を撮っていると、良く、「何でそんなことをやってるの?」「そんなことをやって何にかになるの?」と聞かれます。中には、「意味あるの?」とストレートに言葉をぶつけてくる人も。

 

こうした言葉をかけられることは、写真を始めてからというもの日常茶飯事なので、いつもはぐらかして終わるのですが、特に理由なんてありません。ただ撮りたいから撮る。それだけです。

 

そして活動(事業)という視点にもとづけば、確実に言えることがあります。それは、何らかの成果に繋がるまでには時間がかかるということ。

 

 

僕には目標にしているあるフォトグラファーがいます。独自の世界観で多くの作品を手掛ける凄腕のフォトグラファーで、彼が新しい作品をSNSにアップすると、世界中から多くの反応がよせられます。僕自身も、彼のSNSが更新されるのをいつも心待ちにしている一人です。

 

しかし、彼の初期の頃の作品ページを見ると、ほとんど観てくれる人がいない状態だったことが伺えます。作品のクオリティも、本当に駆け出しの頃だったことが見て取れる。でも、根底に流れる彼の感性は、多くのファンを抱える今とまったく変わっていない。初期の頃から一貫した想いがあって活動していたことが写真を通じて伝わってきます。そして、彼の想いに技術が追いついてきた頃を境に、彼の写真に魅せられた人が国境を跨いで増えていったことが分かります。そうした状態になるまで、数年の歳月を要したようです。

 

「これほどまでに凄いフォトグラファーでも、長い長い下積みの時代があったんだな」。彼の初期の作品を見る度に、そんなことを思わせてくれます。

 

洗練された彼の今の作品も、誰の目にも留まっていなかった初期の作品も、どちらも僕は大好きです。

 

 

秋に予定してる作品制作。

それを無事に撮り終えることができたとしても、それがすぐに何かに繋がるということはおそらく無いでしょう。

 

でも、たとえどんなに小さな動きであったとしても、それが小さなうねりのようなものを生み出し、それがめぐりにめぐって、やがては形のある何かになって自分のもとに帰ってきてくれる。僕はそう固く信じています。精神論ではなく、これまで活動を続けてきた中で、経験を通じて理解した教訓です。「あの時のあの一枚」。それがきっかけとなり、新しいチャンスをいただけたことがこれまで何度もありました。振り返れば、むしろそうしたことがほとんどだったように思います。

 

何が起きるかなんて分からない。誰にも、自分にも。そして、この先誰がいつどこで自分の写真を見てくれることになるかも分からない。そんな中で今の自分にできることは、小さなうねりを起こし続けること。それ以外に無いように思います。

 

そしてこの先のどこかで、自分の写真に興味を持って下さった方が目の前に現れてくれた時に、自分の世界観を投影した作品をすぐに見ていただける状態にしておきたい。いつだって刀は抜けるということを、気に留めて下さった方に伝えられるかどうか。とても大切なことです。

 

先を見据えつつ、今の自分にできることをひとつひとつ積み重ねていきたいと思います。

 

teaser shot

f:id:koichihirose:20170624200709j:plain

 

 

Instagram ▶︎ @koichihirose_ph
Twitter ▶︎ @koichihirose_ph

 

会いに行きたい

少し前に、カメラマン用の大容量バックパックを購入しました。

 

これまでもカメラマン用のリュック(普通サイズ)を使っていたのですが、それは容量が少なくて、軽装備で対応できる撮影用。今回購入したのは、三脚やパソコン、その他色々なものを詰め込めるサイズのもの。

 

これからはもっともっと行動範囲を広げたいなと昨年あたりから強く思うようになり、撮影の旅のお供をしてくれるものをと思い購入しました。このバックパックを背に、今年こそは普段の行動範囲を飛び出して、知らない土地を色々と巡りたいと考えています。

 

 

「知らない土地を巡って写真を撮りたい」。

 

多くのフォトグラファーの根源的な欲求とも言えるものだと思いますが、僕はこれこそが、つまり物理的な移動距離こそが、あらゆる創作の担い手の世界観を決定づけるものなのではないかと考えています。

 

見知らぬ地をどれだけ巡り、文化や価値観の異なる人々とどれだけ言葉を交わしたか。それこそが、自分の表現をより深淵なものに昇華させる決定的な要素なのだといつの頃からか信じるようになりました。

 

人種、国籍、性別、政治観、宗教観、性的指向...人と人との間に線を引くような、こうしたあらゆる境界線を超えた域に達するほどの表現力。どんな土地の、どんな文化圏の人々の心にも響く表現力。それを体得するためには、同じ場所に居続けるのではなく、もっともっと多くのものに触れなくてはいけないし、触れてみたい。そして、今の自分に決定的に欠けているものも、この移動距離であることは否めない。そう思う今日このごろです。

 

 

まだ見ぬ街に独り赴けば、きっと多くの出会いが待っていることでしょう。どんな出会いが待っているのか。それを楽しみにしつつ、撮影の旅を早く実現できるように、一日一日を大切にしていきたいと思います。

 

f:id:koichihirose:20170531000614j:plain

 

 

Instagram ▶︎ @koichihirose_ph
Twitter ▶︎ @koichihirose_ph

 

未来の話をしていたい

先日、仲の良かった友人と久しぶりに予定を合わせて飲みにいきました。顔を合わせたのは5年振りくらい。フォトグラファーになる前の友人で、当時最も仲の良かった友人の一人でもあります。

 

フォトグラファーになってからは、出会うほとんどの方とは一期一会の間柄なので、長い時間を共にした友人と会うのは本当に久しぶりのことでした。

 

お酒を飲みながら近況を報告しあい、とても楽しい時間を過ごせたのですが、カメラを手にしてから自分は変わったなとふと気付くことがありました。

 

それは、思い出話に花を咲かせることに気持ちが向かなくなったということ。もちろん旧友との再会はとても楽しかったのは間違いないのですが、昔話で盛り上がることに心のどこかで小さな抵抗を感じていました。

 

 

写真を始めて以来、自分の頭の中を巡っているのは常に未来のこと。

 

「こんな場所に行って写真を撮りたい」

「こんな人達を撮ってみたい」

「こんな活動をしてみたい」

「今年は・・・」

「来年は・・・」

「何年後かには・・・」

 

そんなふうに未来のことばかりを思い描いていると、不思議と出会うのは、同じように、思い描く未来を実現しようと毎日を頑張っている方たち。ご一緒させていただいた時間はほんの僅かですが、写真を始めてからは、世代や国籍を問わず、未来を語りあえる方たちとの多くの出会いに恵まれました。

 

そんな中での写真を始める前の旧友との再会。話題の多くが昔話となってしまったことに、戸惑った自分がいました。「あの時は楽しかった」、「あの時は良かった」。そうした会話はとても楽しいし、感傷に浸る気分も悪くは無い。けれども、やっぱり自分は未来の話をしていたい。この先も、未来の話でお互いのことを語り合える人と出会いたい。ふとそう思う自分がいました。

 

 

マスメディアなどで「未来」という単語が使われる際は、どことなく「壮大なものでなければいけない」という言葉の裏のプレッシャーが存在していると僕は感じています。しかし、大きさはまったく重要でないように思います。どんなにささやかなことであっても未来は未来。むしろ小さなことのほうが近いうちの実現の可能性を強く感じて逆にワクワクしたり。

 

 

そして写真というものは、収めた瞬間から、物理的には過去のものとなります。でも、僕は写真を「記録媒体」とは考えていません。写って下さった方が、自分の明るい未来を予感できるような、未来に連れて行ってあげられるような写真。そんな写真をお撮りしたいと僕は考えています。もちろん、そこに年齢は関係ありません。

 

そんな未来に繋がる写真をお撮りするためにも、撮り手である僕自身が、未来を見据えて一日一日を大切に過ごさなくてはいけない。

 

そしてそして...世の中を見渡せば、自分の未来を描けずに苦しい日々を過ごしている人達も、決して少なくないでしょう。そんな方たちにも、写真を通じてほんの小さなきっかけをお渡しできたら...いつか僕が取り組んでみたい活動のひとつです。

 

 

 

未来の話をしていたい。

どんなに小さなことでもいいから。

少なくとも今はそう思います。

 

 

Instagram ▶︎ @koichihirose_ph
Twitter ▶︎ @koichihirose_ph

 

最後のピース

最近は年初に立てたいくつかの目標の現時点の進み具合を振り返っていました。その中でも自分にとって最も重要なこと、「2017年に必ず実現したい」と強く思っていることがあります。

 

それは、自分の象徴となる作品を制作すること。

 

 

僕はどんな撮影のときでも、心がけていることがあります。それは、記録としての写真だけではなく、ご依頼を下さった方、そして写真を観てくださる方の記憶の奥深くに残り続けるような、そんな"作品"としての写真を撮るということです。

 

今、僕のHPには1,000枚以上の写真を掲載させていただいています。振り返ればかなりの枚数にはなりましたが、その数字自体には意味を感じていません。達成したい枚数目標もありません。僕にとってはどの一枚もかけがえのない作品であり、写って下さった一人一人の方に想い入れがあるからです。そして「この先も一枚一枚にこだわって撮り続けられたらな」と思いながら活動を続けてきました。

 

しかし、自分がこれから更に加速度的に成長していくためには、見過ごせない大きな課題がありました。

 

それは、自分のiconと言える作品は、まだ一枚もないということ。

 

第一線で活躍するクリエイターには、その方の世界観を象徴する代表作と言えるものが必ず存在します。写真に限らず、あらゆる創作の分野で言えることでしょう。そして"代表作"というのは、制作者本人による自己評価ではなく、その作品に触れた人々の間で自然と"代表作"として語られ、認知されていくもの。

 

そうしたフォトグラファーとしての自分を象徴する作品は、まだ一枚もありません。今HPに掲載させていただいている作品は、どの一枚も僕にとってとても愛おしい作品達です。しかし、それらとはまた違う、別の次元の作品が必要なのだということ。うまく書けないのですが、完全な、そして純粋なオリジナルブランドはまだ無い、そんな状態です。

 

昨年はこうした課題を強く感じていたため、自分を象徴する作品を制作することを今年の最大の目標として掲げたのが、昨年末のことでした。

 

 

「自分の世界観を象徴する作品。それはそもそもどんなものなのだろうか。」

 

年初に目標を立てて以来、そんなことをずっと考えていました。

 

写真を始めたきっかけ、写真で実現したいこと、影響を受けたもの、自分が大切にしていること、自分の原点、想い、精神性、未来。

 

色々なことを考えて、やっと制作コンセプトが具体的になってきました。どんな場所で、どんな作品を撮るのか。その方向性も定まってきました。

 

 

しかし、決定的に重要な要素であり、僕の写真の生命線がまだ欠けています。

 

それはモデルさん。僕の写真の世界観とシンクロしてくださるモデルさんの存在です。

 

もう既に僕の中では「ぜひ撮らせてほしい」という方がいます。唯一無二の世界観を持った方です。「時期がきたらぜひ相談させてください」とちらっとだけお伝えしたことはあるのですが、しっかりした形でのお願いはまだできていません。

 

そんな最後のピースとも言えるモデルさんの承諾を無事にいただくことができたら、あとは手を動かすのみ。

 

 

うまく事が進めば、撮影は今年の下半期を予定しています。

もうあとしばらく先のこととなりますが、先を見据えつつ、一日一日を大切にしていきたいと思います。