あるダンサーさんとの撮影(後編)

こんばんは。

 

前回の続きです。

 

▼前回のエントリー

あるダンサーさんとの撮影(前編) - 今夜はカメラをしまって

 

 

素敵な踊りと多彩な表情で、見る人を魅了するダンスアーティストMさん。そんなMさんから、光栄にもプロフィール写真のお話をいただきました。写真はあるダンスコンペに提出するためのものとのこと。

 

そんな中で一つ課題が...

ダンサーさんのプロフィール写真って、どういうものがいいんだろうか… 

 

もちろん、ネットで検索すれば星の数ほどの写真を見ることができます。しかし、検索して見ることのできる写真というのは、裏を返せば、画一的でありきたりなものとも言える。(表示される写真が良くないというわけでは決して無く、検索エンジンがマジョリティを抽出する仕組みだという意味で)

 

そこでぼくはMさんが出演された公演のDVD(以前いただいていた)を改めて見返してみることに。ダンサーさんならではの身体の魅せ方や、ダンサーさんらしさが良く現れている身体の部位を自分なりの視点で見つけることができれば、それを撮影に活かせるのではないか。そう考えたためです。

 

再生、一時停止、戻し。再生、一時停止、戻し。

 

様々な演目の、様々なシーンをチェックしていくうちに、だんだんと自分なりの仮説ができてきました。「きっと、これとこれ、こことここ...かな?」と(具体的なことは企業秘密です笑)。

 

もちろん、ぼくはダンスのことは分からないので、当たりをつけたポイントが間違っている可能性も低くはなかったと思います。ダンサーさんに直接聞いてみることもできました。

 

しかし、最終的には写真という形に収めることが目的である以上、ここはカメラマンとしての自分の視点を信じたほうがよいのでは?と思い、自分なりのいくつかの答えをもってして撮影に臨むことにしました。

 

 

そして迎えた撮影。

 

流石はMさん。

 

どんな姿勢も、どんなポーズも、どんな表情も、とても素敵にそして繊細に表現されていました。

 

ダンスアートという道を日々追求しているMさん。そんなMさんが身にまとうアーティストとしての凛とした雰囲気が、1枚1枚の写真に吹き込まれていくようでした。

 

 

* 

 

 

後日、無事に写真のお渡しも終え、ひとりモニターで1枚1枚の写真を見返しながら今回の撮影を振り返っていました。

 

素敵に写っているMさんの肖像。

 

しかしどんな内容の撮影であっても、写真をお渡し終えた後のぼくはいつも、緊張と不安と祈るような思いが混ざった気持ちになります。それはなぜなら...たとえどれだけ撮り手である自分が素敵だと感じる写真であったとしても、お渡しし終えてしまえば自分にできることはもう何もなく、お客さまからの、そして写真を見てくださる方からの評価が全てになるからです。

 

何か手を打てることがあれば、こうした不安をきっと和らげることができるでしょう。何も手を打てないというのは、自信の有無とは関係なく、とてももどかしいものですよね。だからこそ、もしまたいつかお話しをいただけたときには、もっともっと良い写真をお撮りできるように、また一つ一つの技を磨いていこう。できることをもっと増やしていこう。強くそう思いました。

 

そしてプロフィール写真の撮影というのは、イベント事の撮影とは少し異なり、撮り手と被写体で一緒に作品作りをするという側面があります。追求しているものは全く異なりますが、今回、素敵なアーティストMさんと共に作品作りをさせていただいたことが、とても楽しくそして光栄でした。

 

 

なんだか最近、どんどん文章が長くなってきていますね。。

もっと読みやすいものにしなければ(汗)

 

でも感謝の気持ちを込めて。

 

 

※今回お撮りしたプロフィール写真の一部を、広瀬のSNS・HPに掲載させていただいております。ぜひご覧ください。 

 

 

あるダンサーさんとの撮影(前編)

こんばんは。

 

雨の毎日が続いていた先月のこと。ある日、とても光栄な撮影のご相談をいただきました。

 

お話をくださったのは、あるダンサーさん(以下Mさん)。プロフィール写真のご相談でした。

 

ぼくはダンスについては全くの素人です。踊れませんし、観た経験も乏しい。ですがこれまで何度か、Mさんが所属する団体さんの公演をお撮りする機会をいただいていたため、Mさんのパフォーマンスも何度か拝見させていただいてました。

 

ダンスのことを知らないぼくがダンスについて書くのはとてもおこがましいと思うのですが...そこはどうか目をつむっていただいて、今日は記事を書いていきたいと思います。

 

 

さて、みなさんはダンスというと、観て楽しむ側としてはどんなイメージをされますか?ジャンルは多岐に渡りますが、優雅に流れるような動きや、あるいはキレのあるダイナミックな動き、集団での一糸乱れぬ迫力ある演舞などなど、身体的な動き、つまり振り付けにその魅力を主に感じることが多いのではないでしょうか。ぼくもそう感じていました。

 

しかし、以前はじめて間近でMさんのパフォーマンスを見たとき、ぼくはあることに衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えています。

 

 

 

 

それはある公演のまだリハーサルの日。ぼくも撮影係としてご一緒させていただいてました。照明も本番用ではなく素明かり。そしてプログラムの中には、Mさん扮する少女が次第に獣に変化していくという演目が。

 

これが凄かった!

 

何が凄かったのかというと、それは表情表現。

 

可愛らしくあどけない少女の顔に、次第に不安定な負の感情が混ざり込んでいき、最後にはギラつく獣の顔に。徐々に徐々に、しかし刻一刻と変わっていく顔つきと、交錯する様々な喜怒哀楽を、鮮やかに表現されていました。文章ではその凄さをうまく伝えられませんが、睫毛や眉毛の一本一本の先端にまで神経が通っているかのような、そんなことを感じさせるほどの、多彩で繊細な表情表現の数々でした。

 

「す、すごいな...」と、驚き、圧倒され、そして感動しながらシャッターを切っていたのを今でも良く覚えています。これほどまでに豊かな表情の変化を今まで見たことが無かったので、Mさんのパフォーマンスを目の当たりにして以来、表情による表現というものの認識がぼくの中で大きく変わりました。(表情についてばかり書いてしまいましたが、もちろん全身を使っての表現もとても素敵で格好良く、ファインダー越しに見入っていました。)

 

Mさんの表情の表現にぼくがとても感動したのは、ぼくが人をお撮りするカメラマンだからという背景も、もしかしたらあるのかもしれません。また、ダンサーさんにとってはやはり、表情の表現よりも全身を使った表現に一番注目してほしいという想いがきっと強いと思います。そしてダンサーさん達の本当の凄さやダンスに掛ける想いというのは、素人のぼくには想像できない域にあるのだという、どこか後ろめたさのような気持ちもあります。

 

しかしこの日ぼくがぼくなりの感受性で心を動かされたのも事実...。なので、これらのことを心に留めた上で、このリハーサルの日以降、ぼくは密かにMさんのパフォーマンスのファンになってしまいました。 

 

 

 

 

こうした経緯が(ぼくの中で)あり、多彩な表情を表現するMさんから、プロフィール写真のお話しをいただいたことが、カメラマンとしてとても嬉しく、そしてとても光栄でした。

 

 

しかしここで一つ課題が…

 

ダンサーさんのプロフィール写真って、果たしてどういうのがいいんだろうか…?

 

次回に続きます。 

 

 

※今回お撮りしたプロフィール写真の一部を、広瀬のSNS・HPに掲載させていただいております。ぜひご覧ください。

 

 

薪を焚べるように

こんばんは。

 

昨晩のこと。

 

お風呂あがりにふと鏡に映った自分を見てギョっとしてしまいました(笑)。ちょうど眉毛と眉毛の間の位置に、真っ赤なアザが...しかも左右対称に2つも。親指大の結構な大きさ。。

 

ありゃりゃ、なんじゃこりゃ~!?

 

痛くは全然ないけど、ちょっと笑える顔になっていました。これで人と顔を合わせるのはかなり恥ずかしいぞ...と思いながら、どこでこんな真っ赤なアザを作ったんだろうとふと思い返してみると...

 

 

先日、とても悔しい思いをすることがありました。

 

撮影の依頼をいただけるように頑張っていた案件があったのですが、結局依頼をいただくことができずに終わってしまい...自分にとっての大きなチャンスを逃してしまったということがありました。

 

もちろん、悔しい思いをしない日なんてありません。ただ、逃してしまったその撮影案件は、依頼をいただけるよう半年以上も前から色々と積み重ねてきていただけに、悔しさもひとしおでした。

 

「何が足りなかったんだろう...」

「もっとやれることはあったんじゃないか...」

 

と、振り返ることはできます。

 

でも、後からどれだけ振り返ったところで、結果は変わらない。あとの祭り。振り返ることに意味は無いと言っては言い過ぎかもしれませんが、チャンスをものにできなかったという結果と、自分への不甲斐無さと、そしてただただ悔しさだけが残りました。

 

そんな中でパソコンの前でカタカタと事務作業をしていたとき、ふとした瞬間にまた悔しさがこみ上げてきて、無意識に手で眉間のあたりを強く抑えてしまっていたようです。それが左右対称のヘンテコなアザの原因でした。

 

 

誰しも悔しい思いをすることがあると、時には自分を見失ったり、時には激しく落ち込んでしまったり、あるいは時には心が折れてしまうこともあると思います。

 

しかし、そうした悔しい経験が自分を磨いてくれるものだと、強くしてくれるものだと信じて、また今日からひとつひとつのことを積み上げていきたいと思います。

 

種火のように小さくなってしまった焚き火の炎に、薪を一本、また一本と焚べていくように。

 

この記事を読んでくださっている方も、お仕事にプライベートにと日々奮闘されていることと思います。そして、思い通りにいかずに悔しい思いをすることもあるかと思います。(ぼくなんかよりも遥かに遥かに高い次元の奮闘と悔しさだと思います(汗))

 

お互いがんばりましょう!

 

 

 

 

 

ダーツの旅的カメラマン

こんばんは。

 

今日は刺すような日差でしたね。夏がいきなり本気を出してきた感じでした。

 

中には「今日の日差しは質量を伴っている…」と言う方もいて、「おぉー、上手いっ!」とうなってしまいました(笑)

 

写真について言えば、日差しが強ければ強いほど、陰影の濃い写真が撮れます。そうした陰影の濃い写真というのは、カメラマンによる工夫だけで実現しようとしてもなかなか難しく、やはり実際の夏の日差しのもとで撮った写真は仕上がりが全然違います。存在感、臨場感、瑞々しさといったものが鮮やかに映しだされる、そんな感じです。(ちなみに夏は夜間の撮影においても、もっとも綺麗に、そして幻想的な写真が撮れるシーズンでもあります。)

 

こうした自然が作り出す撮影環境は、特に映像や写真の世界では作品の出来を大きく左右するので、自分の表現に適した撮影環境を求めて、季節ごとに活動拠点を変えるカメラマンさんや映画監督さんも沢山います。

 

例えば、夏の日差しの強さと日照時間が全国一位の県はどこだかご存じですか?

 

それは高知県(ちなみに雨量も全国一位)。高知の夏の日差しを求めて、多くの映像作家さんが毎年この地で撮影をされるそうです。

 

また例えば、オーロラ撮影をメインに活動されている方は、1年うち3ヶ月間を北極圏で、残りを自分の国で過ごす、という感じだそうです。

 

ぼくはというと、まだまだ活動範囲が狭く、その土地その土地の特性を活かした作品作りは正直まだ出来ていません。でもやってみたいし、進化しつづけるためにもやらなくてはいけない。だから...いただいている日々の一つ一つのお仕事を大切にし、早く日本全国津々浦々のいろいろな土地を巡っていけるように今を頑張ろう…夏の日差しを見て今日はそんなことを思いました。

 

 

目指すは所さんのダーツの旅のようなフットワークの軽さで全国の土地を巡って撮影をすること!

 

ヒュッ!(ダーツを投げた音)

「あ、ヤバイ、凄いところに刺さっちゃったぞ(笑)まあでも早速行くか!」みたいな(笑)

 

頑張ります。

今夜はカメラをしまって

こんばんは。カメラマンの広瀬康一です。

カメラマンであるぼくは、来る日も来る日も視覚的な表現にあれこれ思いをめぐらせています。すると不思議なもので、「たまには文章も書いてみたいな…」という気持ちに駆られます。

写真と出会う前、20代の頃のぼくは、本を読むのが大好きでした。言葉で表現する仕事をしてみたいと考えていた時期もありました。写真と出会ってからはすっかり表現方法が変わってしまいましたが、文字で何かを表現することにも、まだまだ変わらず愛着があるようです。

ということで、今夜はカメラをしまって、ブログを始めることにしました。日々の活動のオフレポートなどを、ゆるく綴っていけたらと思います。「今日はもう疲れて何もできない...」、そんなときにでもふらっと立ち寄っていただけたら、とても嬉しいです。

それにしてもやっぱり広告がめっちゃ表示される。。有料プランにしようかな。。