未来の話をしていたい

先日、仲の良かった友人と久しぶりに予定を合わせて飲みにいきました。顔を合わせたのは5年振りくらい。フォトグラファーになる前の友人で、当時最も仲の良かった友人の一人でもあります。

 

フォトグラファーになってからは、出会うほとんどの方とは一期一会の間柄なので、長い時間を共にした友人と会うのは本当に久しぶりのことでした。

 

お酒を飲みながら近況を報告しあい、とても楽しい時間を過ごせたのですが、カメラを手にしてから自分は変わったんだなとふと気付くことがありました。

 

それは、思い出話に花を咲かせることに気持ちが向かなくなったということ。もちろん旧友との再会はとても楽しかったのは間違いないのですが、昔話で盛り上がることに心のどこかで小さな抵抗を感じていました。

 

 

写真を始めて以来、自分の頭の中を巡っているのは常に未来のこと。

 

「こんな場所に行って写真を撮りたい」

「こんな人達を撮ってみたい」

「こんな活動をしてみたい」

「今年は・・・」

「来年は・・・」

「何年後かには・・・」

 

そんなふうに未来のことばかりを思い描いていると、不思議と出会うのは、同じように、思い描く未来を実現しようと毎日を頑張っている方たち。ご一緒させていただいた時間はほんの僅かですが、写真を始めてからは、世代や国籍を問わず、未来を語りあえる方たちとの多くの出会いに恵まれました。

 

そんな中での写真を始める前の旧友との再会。話題の多くが昔話となってしまったことに、戸惑った自分がいました。「あの時は楽しかった」、「あの時は良かった」。そうした会話はとても楽しいし、感傷に浸る気分も悪くは無い。けれども、やっぱり自分は未来の話をしていたい。この先も、未来の話でお互いのことを語り合える人と出会いたい。ふとそう思う自分がいました。

 

 

マスメディアなどで「未来」という単語が使われる際は、どことなく「壮大なものでなければいけない」という言葉の裏のプレッシャーが存在していると僕は感じています。しかし、大きさはまったく重要でないように思います。どんなにささやかなことであっても未来は未来。むしろ小さなことのほうが近いうちの実現の可能性を強く感じて逆にワクワクしたり。

 

そして写真というものは、収めた瞬間から、物理的には過去のものとなります。でも、僕は写真を「記録媒体」とは考えていません。写って下さった方が、自分の明るい未来を予感できるような、未来に連れて行ってあげられるような写真。そんな写真をお撮りしたいと僕は考えています。もちろん、そこに年齢は関係ありません。

 

そんな未来に繋がる写真をお撮りするためにも、撮り手である僕自身が、未来を見据えて一日一日を大切に過ごさなくてはいけない。

 

そしてそして...世の中を見渡せば、自分の未来を描けずに苦しい日々を過ごしている人達も、決して少なくないでしょう。そんな方たちにも、写真を通じてほんの小さなきっかけをお渡しできたら...いつか僕が取り組んでみたい活動のひとつです。

 

 

 

未来の話をしていたい。

どんなにささやかなことでもいいから。

そう思います。

 

 

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