中身で勝負。中身が全て。

写真を初めて5年目の今年。当初から目指していた自分の写真の理想像はまだまだ遙か遠くにありますが、近頃やっと実を結びつつあることがあります。

 

それは、自分の名前を伏せていても、僕がお撮りした写真だと気付いていただけるようになりつつあるということです。とても有り難いことです。

 

写真を始めた当初から、僕は「クレジット(著作権表記)無しで勝負したい」と強く思い続けてきました。

 

写真を生業としている方の写真には、多くの場合、photo by 〜とか、©マークが付いています。クリエイターとしての権利を守るための大切な表記です。取り決め上、必ず記載しなければならないというケースも多いでしょう。なので、クレジットを入れること自体を否定するわけでは決してありません。

 

しかし、制作者の名前の表記を入れるということは、裏を返せば、名前が書かれていなければ制作者が誰なのか分からないということの査証。それはつまり、中身で勝負することを避け、名前だけを売り出そうとしているのではないか...生意気な考えかもしれませんが、素人だった当時の僕はそう思わずにはいられませんでした。クレジットを入れることの意味や大切さを理解しつつも、今でもこの考えは変わっていません。

 

例えば、僕には大好きなフォトグラファーがいます。その方の未発表の作品を見れば、もしクレジットが無かったとしても、その方の写真だと必ず気付くことができるでしょう。写真に限らず、絵画、映画、漫画、イラスト、小説、音楽、歌など、あらゆる創作物について言えることです。また、身体的な動きについても同じことが言えると思います。例えば好きなサッカー選手やダンサーさんであれば、アバター化されたとしても、それが誰の動きなのかを気付くことができるでしょう。

 

自分の写真もこうした次元にまで高めたい。高めなくては意味がない。自分にしか撮れないもの、自分にしか表現できないものを体得しなければ先は無い。ずっとそう思い続けてきました。だからこそ、お客様にも常に「クレジットは不要です。」、「規約や規制は一切ないので、ぜひ自由に使ってください。」とお伝えするようにしてきました。

 

こうした意図が少しづつ実を結んでか、最近は、「この写真ってなんか広瀬君っぽいよね」、「これってもしや広瀬くんが撮った写真?」といったお言葉をちらほらとではありますがいただけるようになってきました。

 

 

ご依頼をくださった方に喜んでいただくことができれば、そして、写真を見てくださる方が、それぞれの方の感性で写真を通じて何かを感じていただくことができれば、それで十分。そしてそれが全て。僕の名前などはどうでもよいことなのです。

 

写っているものが全て。そこに撮り手である自分の名前を入れるということは、写ってくださった方のお顔に足を乗っけるようなもの。僕にはどうしてもそう感じずにはいられません。

 

この先もずっと、そこに写っているものそれだけで勝負したい。

頑張ります。

  

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