いつかじゃなくて(後編)

前回の続きです。

 

▼前回のエントリー

いつかじゃなくて(前編)

 

タイムが伸びなくなった1,500m走。

 

僕の学校の場合は300mのトラックを5周する形でした。なので、その5周をどう走りきるかを各々で考えて取り組んでいました。

 

当時の僕の走り方はざっくり言うとこんな感じ。

 

・1〜2周目:周囲から離されないくらいのペースで走る

・3〜4周目:ペースを上げる

・5周目: ラストスパート

 

今振り返ると本当に恥ずかしい限りですが、後半に備えて前半は体力を温存する走り方をしていたわけです。つまり、全くリスクを取っていなかった。頑張ってはいるつもりでいたけれども、保守的で、攻めの走りをしていなかった。リスクを取らないところに成果は生まれない。絶対に。タイムが伸びなかったのも当然のことでした。しかし当時の自分は、こうした後半に備える走り方が最も望ましいと思っていた。思い込みというのは本当に恐ろしいものです。

 

一方で、「はじめからスパートをかけないと間に合わない」と教えてくれた同期の走り方はこんな感じ。

 

・1〜2周目:スパートをかける

・3〜5周目:ペースが落ちてくるところを何とか最後まで耐える

 

前半に体力を温存して後半にペースを上げても、目標タイムに間に合わせることはできない。始めからスパートをかけないと、スタミナを使い切らないままゴールしてしまう。そもそも、後からペースを上げ切るのは難しくて、前半に温存するよりも、始めからスパートをかけて身体を慣らしたほうが、5周目のラップタイムも速くなる。そんな考えに基づいた走りでした。ともすると後半パッタリと脚が止まってしまうリスクを取った走りです。

 

たったの1,500mという短い距離にもかかわらず、後先のことを考えて保守的な走りをしていた当時の自分。冷静に考えれば、タイムが伸びなくなったのは当たり前のことでした。アドバイスをもらった次の日から、早速自分の走りを真逆のものに変えてみたところ、また一段、タイムが向上しました。何よりも、5周目を走っているときの疾走感がより爽快なものになったのを今でもよく覚えています。

 

こうして走り方を変えたのが2年生のとき。3年生の春には、リスクの取り方にもさらに磨きがかかり、充実した走りをすることができるようになっていました。リスクを取りすぎて酸欠に陥り、呻き声をあげながらヨタヨタ教室に戻る日も増えたけど(笑)

 

 

 

 

「始めからスパートをかけないと間に合わない。」

 

写真を始めて以降、同期がくれたこのアドバイスをふと思い出すことがあります。

 

カメラを手にした日から、ひたすら撮って、ひたすら腕を磨く日々。そうした毎日を過ごしていると、できることがどんどん増えていく。できることがどんどん増えていくと、やりたいことがどんどん増えていく。そして...やりたいことがどんどん増えていくと、人生の短かさを強く思い知らされる。やりたいことが増えれば増えるほど、「全てをやりきるには人生は本当に短い」という思いが心の底から湧き上がってきます。(ちなみに心身ともに健康です。念のため。カメラマンは体力勝負なのです。)

 

それは決して、焦りの気持ちや、悲観的な気持ちとは違います。時間は限られているということ、限り有るものなんだということを素直に受け入れられるようになったということです。そして、素直に受け入れた上で、1,500m走と同じように短い一生をどんなふうに走り切りたいか。やりたいこと、そしてやらなければいけないこと(与えられた役務や義務という意味ではなく、自らの意思で行動する使命感にも似たようなこと)の数と、そしてそれらがこれからもどんどん増えていくであろうことを考えると、

 

「今からスパートをかけないと、やりきる前に人生が終わってしまう」

 

そう思わずにはいられません。

 

前半に体力を温存する保守的な作戦から、始めからスパートをかけるリスクを取った作戦に切り替えたときの高揚感。今でも当時のことを昨日のことのように覚えています。高2の春のあのときの高揚感が、写真を始めて以降、また自分の中に蘇ってきています。

 

どれだけの土地を巡り、どれだけの人達と巡り会えるか。どれだけシャッターを切り、人の心に残る作品をどれだけ届けることができるか。

 

そんなことを考えると、たとえ見切り発車だとしても、たとえ時期尚早だとしても、たとえ現時点ではうまくいかない可能性が高いと分かっていたとしても、今この瞬間に動かずにはいられません。

 

昨年は怪我の影響で積極的な活動がどうしても制限されてしまいましたが、体力が戻った今年の春からは、いつかやりたいと思っていたことにまたひとつひとつ着手しています。「いつか」ではなく、「今この瞬間」に着手しないと、限られた一生のなかで全てをやりきるには間に合わない。そうした思いが、また日に日に強くなってきています。

 

歴史に名を連ねる画家や彫刻家の多くが、若い頃から人生の有限感を受け入れていたそうです。

 

駆け抜けます。

 

沢山の土地を巡り、沢山の人々と言葉を交わせるように。

 

 

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