大都会

去年あたりから、東京の夜の街並みもたまにですが撮るようになりました。

 

都会の良さって何だろうという話になったとき、便利だとか、モノが揃ってるだとか、遊べる場所が沢山あるだとか、多くの人がそう答えると思う。そうしたことももちろんだけど、僕が大都会東京っていいなと感じるのは「懐の深さ」。それは人の懐ではなくて、大都市空間そのものが持つ懐。ストリートで写真を撮り続けるうちにそう思うようになりました。

  

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自分が多数派に所属している時は気付かないけれど、何らかの点においてマイノリティ側に所属する人達は、どうしても自分の居場所を見つけられずに苦しむことも少なくないと思う。例えば、学校や会社などの集団にどうしてもうまく馴染めない人だったり、いじめを受けてしまった人だったり、家庭環境に恵まれなかった人、人には理解されにくい病気を抱えている人、性的マイノリティの人、海外からの人。他にも色々。

 

もしこうした人達が地方都市や田舎に住んだとしたら、かなり大変だと思う。地方都市や田舎は、大都会と比べると人が少ない分、地域の人と人とのつながりが強いという良さがあると良く言われる。けど、その良さがマイノリティに所属する人達には逆に辛いものになることもあると思う。中には村八分にあってしまうということもあるんじゃないかと想像します。統計で確認したわけじゃないけど、多分歴史が証明してるんじゃないかと思う。

  

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でも大都会は、マイノリティに所属する人達にも居場所を与えることができる懐の深さがあると思う。それは都会の人のほうが優しいとかそういうことではなくて、多様な人がそれこそ世界中から集まってきているから、自分の隣に自分とは異なる人がいても全く気にならないという大都会がもつ空気によるもの。例えば、都会はご近所付き合いが希薄だと言われたり、他人に関心を持たない人が多いと言われたりと、人と人とのつながりという意味ではネガティブに語られることが多い。けれど、マイノリティに所属する人達には、こうした都会のドライな空気は自分の居場所を見つける助けとなっていると思う。うまく書けないけど、都会は変に目立ってしまうことが地方や田舎よりも少ない。ドライだと言われる大都会が持つ雰囲気が、マイノリティの人達を優しく匿っている。マイノリティの人達の隠れ蓑になり、マイノリティの人達がうまく紛れ込める懐の深さを持っている(差別的な表現かもしれないけど、都会の雰囲気をうまく表すためにあえて使いました。どうか言葉尻を取らないで欲しいです)。

 

多様な人達、マイノリティに所属する人達をも匿い優しく包み込む。そんな大都市空間が持つ懐の深さをこれからも表現できたらと思います。

  

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